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《ためいきばあさん》 1 2009/10/19
第一話 不思議なおばあさん

 学校の帰り道、悠平の前に、買い物袋を引きずって歩く小さなおばあさんがいた。少し歩いては荷物を置き、腰を伸ばしてためいきをつく。悠平の瞼に、母さんの顔が浮かんだ。悠平は思わず駆け寄って、買い物袋に手に添えた。
「僕が持ちます」
 おばあさんは、驚いた顔で悠平を見上げた。
「おや、ありがとうよ」。
「おうちは……」
 悠平が聞くと、おばあさんは橋の向こうに目をやった。
「坊やの家は?」
「あ、大丈夫です」
「橋の手前でもけっこうだよ」
 悠平は、その声に耳を貸さず、歩き始めた。悠平の家は橋を渡る手前だけれど、買い物袋はずっしりと重く、右手がちぎれそうだ。
(こんな重い荷物、途中で投げ出すわけにいかない)
 橋を渡り、右に曲がるとすぐ、おばあさんが言った。
「ここだよ、ありがとう」
 庭先に畑がある、古い農家だった。
「すっかり遠回りをさせちまった」
「大丈夫です」
 痛みの残る右手をもぐもぐさせながら答えると、悠平はぺこりと頭を下げて家に向かって走り始めた。
「待っておくれ」
 振り返ると、おばあさんが小さな包みを掲げていた。
「これを、ほら」
「大丈夫です」
 悠平は、お礼が欲しかったと思われるのがいやで、そのまま帰ろうとした。ところが、おばあさんの眼差しには鋭い光があって、足が動かなかった。いつのまにか、おばあさんは目の前に来ていた。
(たったいま、あの家の玄関先にいたはずなのに……)
 おばあさんは、とまどう悠平の手に小さな包みを握らせた。
「ひまわりの種がみっつ入っている」
「……」
「坊やがいちばん好きな人がさ」
 言われて真っ先に浮かんだのは母さんの笑顔だ。
「ふむふむ、坊やのおかあさんなら、さぞかしやさしい人だろう」
 人の心を見透かすように、おばあさんが微笑った。
(どうしてわかったんだろう)
「顔に書いてあるからさ」
 おばあさんが言った。悠平は慌てて顔を触った。おばあさんがそれを見てまた笑った。
「お母さんが、いつも笑ってると幸せじゃな」
 言われて思わず悠平の顔が曇った。
(最近は、ためいきばかりついている……)
「さっ、これを持って行きな。お母さんがためいきをつこうとしたら、このひまわりの種をくわえるんじゃ」
「種を?」
「ああ、こんな具合にな」
 おばあさんは、指先で種をつまんで噛む真似をした。
「強く噛んだらいけないよ。割れたら終わりだから」
「噛むと、何が?」
「心のきれいな人が幸せでなかったら、理不尽ってものじゃ」
 おばあさんの答えでは、一体どうなるのか、わからなかった。
 悠平は、ひまわりの種を受け取り、また走り始めた。
 そのとき、おばあさんがアッという間に遠ざかった気がした。振り向くと、おばあさんはもう玄関先に戻って手を振っている。
(速い、速すぎる……)
 背中がぞくっとした。
(ひまわりの種を噛むと、どうなるんだろう……)
 赤く染まり始めた夕暮れ空に、母さんの笑顔と、おばあさんの不思議な笑顔が浮かんで見えた。
             (続く)